ASEAN夕食会で安部首相と文大統領が握手をしたそうです。
(中央日報)
…………で??
何でそんな事が記事になるのか、さっぱりわからん。
別に首脳会議が決まったわけでもなく、外交礼節しただけなのに。
中央日報もだいぶ迷走してますなあ……
ちなみに朝鮮日報の方は「握手しかしなかった」と書いています。
たかが握手でここまで書かれる安部総理って一体……(藁
さて、呉善花さんの「反日・愛国の由来」という本を読みました。
何故韓国は反日国家なのかという根本的問題について。
「日帝時代における植民地支配への批判」だと言われていますが、
それでは当事者では無い現世代がいまだにしつこく「謝罪や請求」
を求めてくる説明になりません。
当然日本側も当事者ではない世代なのですから、日韓問題において
日本人が一番理解不能な点と言えます。
呉さんはこれを「侵略的かつ野蛮な民族的資質」つまり日本人を
「文化程度の低い侵略的で野蛮な蛮族と見なす蔑視の意識」が
戦後の反日思想の実態だからと論じています。
彼らは事大主義なので(当然中華思想的に韓国が大です)
小国日本に謝罪や賠償を求めるのは、どれほどの時間が経とうとも
彼らの中では実に正当な振る舞いなのです。
朝鮮は500年もの間、中国の属国であったのに
36年の日帝期だけを敢えて大騒ぎするのはその為です。
そう考えてみると日本の震災を喜ぶとか、条約を破棄するとか、
慰安婦に始まる諸々の嫌がらせ(向こうからすると当然の請求)等、
強者的振る舞いに韓国側が固執している理由がよく分かります。
彼らの日本への内政干渉もそれに根ざしているのですね。
なぜ文化は韓国から日本へと伝えられたと信じるのか。
なぜいまだに韓国を侵略したがっていると考えるのか。
皇室への侮辱はその最たるものでしょう。
彼らには野蛮な民族の、未開な風習としか見えないのだと思います。
韓国側からすると、何故日本が韓国の最高裁に従わないのか、
何故韓国を非難するのか(出来る立場でないのに)理解出来ない。
(文議会長の発言はまさしくこの感覚から出ています)
彼らからすると間違っているのはいつの時代でも日本なのです。
これは今後一切、揺るぎません。
ではそういう国と今後どう付き合っていけばいいのか。
どちらも民族思想的なものは変える事は無理でしょう。
戦後の対応を悔いても遅すぎますが、せめて未来は変えてゆきたい。
それにはやはり徐々に韓国との癒着(企業、在日、議員問題)を
粛々と断ち切っていくしか無いでしょう。
我々日本人は韓国人の白丁ではありません。
当然、逆も然り。
DNAからにしてまったくの別民族、別国民です。
未来を変える為に、日本は今こそ絶対に断韓へと舵を切るべきです。
2019年11月04日
日本人は並ぶ、整然と。
夕方のスーパーに買い物に行った。
タイムサービスの特売品に列が出来ていたのだけど、
客達は真っ直ぐ一列に並んでいた。
私はいつも不思議に思うのである。
確かに係員が「列になってお待ち下さい」とアナウンスしたが
別に誰か立っていて強制的に並ばせているわけでもないのに、
何故私達は普通に、真っ直ぐ一列に並ぶのであろうか?
日本人は並ぶ、整然と。
駅のホームでも、飲食店の順番待ちでも。
強制されてなくても自主的に並んでしまう。
そして「待つ」事に対する忍耐強さには定評がある。
(中国人にすら驚かれるほどに)
ライブに行く為に並ぶ時は、通行人の邪魔にならないよう
道路脇に避けて並び、災害時には給水車に長蛇の列が出来るが
角をいくつ曲がろうが混乱する事なく列を作る。
圧巻なのはコミケの入場だろうか。
先導されているとは言え、軍隊並の統率力で群衆が動くのだ。
動画で見ると整然と塊り動くその様に感動すら覚える。
これは海外の人間から見るとかなり異様な光景らしい。
以前「国民性の違い」という面白い動画があった。
ボードの出身地のところに●をつけるのだが、取り合えず日本人と
ドイツ人以外はてんでバラバラなのが面白い。
左上を起点に真っ直ぐ等間隔に●をつけていく日本人。
誰かが引いた線の上にきっちり並べていくドイツ人。
アメリカ人はバラバラに、中国人は団子状に、
スペイン人は突拍子もない場所に、フランス人は他国のスペースに
はみ出してまでもつける、というお国柄の出る結果となっていた。
これはやはり幼稚園、小学校から始まる軍隊式集団教育の賜物か?
確かに子供がまず学ぶのは「列に規律正しく並ぶ」という事だ。
「前へ習い」とか、等間隔に並ぶとか。
しかしそれはどこの国でもやっているのでは?と思ったが
どうもその認識は違っていたらしい。
海外で働く保育士さんのブログによると、海外の幼稚園では
子供達に「整然と並ぶ」事は教えないのだそうだ。
他人にぶつからないように並べばいい話では?と言われたそう。
まー確かにそうなんですけどね……(^▽^;)
考えてみれば海外ドラマの学園シーンで整然と並んでいるシーンを
見た事がない気がする(軍隊シーン除く)
全体集会とかでも適当に集まっている感じだし。
日本の全体朝礼とかは、きっちり等間隔で並ばされるからなぁ。
これを社会人になってからもやらされてるし。
幼少時からの教育が、日本人は身に沁みついちゃってるわけだ。
同時に私は日本人が無意識に一列に並ぶのは、やはり合理性を
重要視する民族だからだとも考える。
商品を買うのに一斉に蠅のようにたかっても、買うのが遅くなるし
買い逃す可能性だってある。
並んで順番に買う方が平等だし合理的というものだ。
実際、大災害の時の記事ではそういう意見が大多数だった。
災害すら日本人は理詰めで考えるのだ。
駅のホームで並ぶのは安全面の上でも当然重要だし。
ただそれにしてはマスゲームが日本でさっぱり日の目を見ないのは
余りにも軍国主義的競技だからだろうか?
タイムサービスの特売品に列が出来ていたのだけど、
客達は真っ直ぐ一列に並んでいた。
私はいつも不思議に思うのである。
確かに係員が「列になってお待ち下さい」とアナウンスしたが
別に誰か立っていて強制的に並ばせているわけでもないのに、
何故私達は普通に、真っ直ぐ一列に並ぶのであろうか?
日本人は並ぶ、整然と。
駅のホームでも、飲食店の順番待ちでも。
強制されてなくても自主的に並んでしまう。
そして「待つ」事に対する忍耐強さには定評がある。
(中国人にすら驚かれるほどに)
ライブに行く為に並ぶ時は、通行人の邪魔にならないよう
道路脇に避けて並び、災害時には給水車に長蛇の列が出来るが
角をいくつ曲がろうが混乱する事なく列を作る。
圧巻なのはコミケの入場だろうか。
先導されているとは言え、軍隊並の統率力で群衆が動くのだ。
動画で見ると整然と塊り動くその様に感動すら覚える。
これは海外の人間から見るとかなり異様な光景らしい。
以前「国民性の違い」という面白い動画があった。
ボードの出身地のところに●をつけるのだが、取り合えず日本人と
ドイツ人以外はてんでバラバラなのが面白い。
左上を起点に真っ直ぐ等間隔に●をつけていく日本人。
誰かが引いた線の上にきっちり並べていくドイツ人。
アメリカ人はバラバラに、中国人は団子状に、
スペイン人は突拍子もない場所に、フランス人は他国のスペースに
はみ出してまでもつける、というお国柄の出る結果となっていた。
これはやはり幼稚園、小学校から始まる軍隊式集団教育の賜物か?
確かに子供がまず学ぶのは「列に規律正しく並ぶ」という事だ。
「前へ習い」とか、等間隔に並ぶとか。
しかしそれはどこの国でもやっているのでは?と思ったが
どうもその認識は違っていたらしい。
海外で働く保育士さんのブログによると、海外の幼稚園では
子供達に「整然と並ぶ」事は教えないのだそうだ。
他人にぶつからないように並べばいい話では?と言われたそう。
まー確かにそうなんですけどね……(^▽^;)
考えてみれば海外ドラマの学園シーンで整然と並んでいるシーンを
見た事がない気がする(軍隊シーン除く)
全体集会とかでも適当に集まっている感じだし。
日本の全体朝礼とかは、きっちり等間隔で並ばされるからなぁ。
これを社会人になってからもやらされてるし。
幼少時からの教育が、日本人は身に沁みついちゃってるわけだ。
同時に私は日本人が無意識に一列に並ぶのは、やはり合理性を
重要視する民族だからだとも考える。
商品を買うのに一斉に蠅のようにたかっても、買うのが遅くなるし
買い逃す可能性だってある。
並んで順番に買う方が平等だし合理的というものだ。
実際、大災害の時の記事ではそういう意見が大多数だった。
災害すら日本人は理詰めで考えるのだ。
駅のホームで並ぶのは安全面の上でも当然重要だし。
ただそれにしてはマスゲームが日本でさっぱり日の目を見ないのは
余りにも軍国主義的競技だからだろうか?